泣くロミオと怒るジュリエットの感想

感想を書くに辺りまず確認しておきたいのが、ウエストサイドストーリーはロミオとジュリエットにインスパイアされたミュージカルだということ。
演劇好きな人ならば当然知っていることと思う。

今作は題こそロミオとジュリエットになぞられているが、どちらかといえばウエストサイドストーリーに寄った作品といえるだろう。作・演出の鄭義信もパンフレットの中でそう語っている。


舞台はとある戦争から五年後の、とある工場街。


説明は無くとも立ち並ぶバラックと登場する傷痍軍人とでそれと分かる。その中でも説得力、という意味で決して外せないのがキャピレットのリーダー、ティボルトの内縁の妻ソフィアを演じた八嶋智人の存在だ。オールメールの座組において圧倒的な存在感と説得力を遺憾なく発揮していた。

八嶋智人との出会いは1997年、シアターグリーンでの鈴木の大地だった。それから何度も八嶋智人の出演する舞台を観たが、器用な役者だなという印象しか無かった。しかし今回は違う。勿論、器用だからこそだろうがシリアスとコメディの緩急の付け方が抜群で驚かされた。そこにいるのは大阪のオバチャンそのものであった。

そしてもうひとり、ひときわ目を引くのがベンヴォーリオ役の橋本淳。感情を剥き出しにし、声を荒らげすぐに手が出るキャストにおいて、冷静で理知的な立ち位置でガチャガチャとした乱闘シーンの中での清涼剤。
第1幕で好いた人がいると匂わせていたが、第2幕でそれがロミオのことではないかと観客にそっと気付かせるニクい演出に涙した。オールメールの作品において、あえてゲイを匂わせる意図は?と勘繰ってしまうのは悪い癖か。


戦争、人種差別、人種抗争、心と身体に傷を負った者、苦しみから逃れられない者、苦しみを共に背負おうと決心する者。
時代に翻弄されながらも誰もが皆必死でもがいているのにどうにもこうにも噛み合わない悲劇。誰ひとり救われないままに幕を下ろした。


ラストシーン、結ばれることの無かったロミオとジュリエットの純白の衣装と、全身黒ずくめで黒い傘をさしたベンヴォーリオ。そして降り注ぐ真っ赤なものはヴェローナを焼く炎の火の粉か炎に照らされたカーバイトか。
先程までの怒号飛び交う命を根こそぎ奪う乱闘との対比で、より哀話を際立たせていた。



※敬称略